King's Ring

− 第9話 −




「……え?」
水の王である不二が窓から外の景色を眺めていると、耳障りな大きな物音が部屋中に響いた。
何事かと室内を見渡してみると、片隅に並べておいた一体の人形が派手な音を立てて割れていた。
これは自分が掛けた魔法の効力を確かめる為に、水の力で作り上げた本人と寸分変わらない大きさの人形で、効果が続いている限りはその人物に掛けた魔法は解かれていない証拠となる。
粉々に砕けた人形は魔法の効力が無くなった証拠。
「…リョーマ君に掛けた魔法が?そんな馬鹿な…」
信じられないように元の姿を無くした人形を見つめる。
リョーマに掛けた魔法は王の力によって複雑に作り上げたもの。
まずは光の王である手塚との戦いの後で、手塚が最後の力を振り絞ってリョーマを塔外に逃がしたが、すぐに捕まえて手塚に関わる記憶の全て封じた。
これで邪魔者はいなくなり、不二はリョーマを自分の物にしようと動くが、リョーマは不二に対して恐れを抱くようになり、自身が住む城に強力な魔法が掛けた。
その魔法の効き目によって、水の王である不二でも中には入るのは困難で、城から出て来るその瞬間だけを狙って待っていた。
そして、ある日、油断して城から出ていたところで不二はようやくリョーマを捕まえた。
逃げ場の無い己の塔へ連れて来たが、何を言っても頑なに自分を選ばないと言うので、姿を変えて遠い地へ飛ばしただけでなく、元の姿に戻った瞬間にリョーマの持つ魔法力を最大限にまで下げ、どれだけ初歩の魔法だろうと絶対に使えないようにした。
魔法には呪文を唱えないと使えないものから、念じるだけで効果が出る魔法があるが、そのどちらも上手く効果が出ないようにした。
ただ、自分に助けを求める時だけは封じておいた力が戻るようにしておいたのだった。
「まさか、別の王がリョーマ君を?」
元の形がわからないほどに砕け散った人形の側で片膝を付く。
「それしか考えられないけど…」
考えられるのはそれだけ。
残る4人の王がリョーマの助けを聞きとめ、魔法を解いたのかもしれない。
たとえ得意とする属性が異なっていても、魔法力は自分と変わらない力を持つ王なのだから可能性はある。
しかし、リョーマと面識のある王なんて限られている。
「…効果が消えたのならここに戻ってくるのは時間の問題だよね。また攫いに行けばいいだけか」
欠片を拾い上げて、手の平に乗せる。
「今度こそ僕の物になってもらうよ…リョーマ君」
ぐっ、と欠片を握りつぶし、空に放った。
「ふふ…」
キラキラと舞う欠片を眺める不二の足元には、ゆらりと不気味に揺らぐ影が不二の影に絡まるように蠢いていた。



「何も変わらないな」
リョーマを胸に抱き移動した手塚は、久しぶりに見る生まれ故郷を感慨深めに眺めていた。
王が住まう城には必ず天にまで届きそうな塔があり、6つの塔を天から見ると六角形の形をしている。
この六角形に囲まれた地域は全ての王の力に守られている特別な土地。
「俺もここに来るのは国光がいなくなってから初めてだよ」
「お前は自由に入られただろう?」
「俺の中にあった国光の記憶は封じられてたから、ここの存在すら頭に無かった…」
「そうだったのか」
城主である手塚が戻ると城の中は一気に光が溢れ、咲かなくなっていた庭の花は一斉に開いた。
たとえ主人がいなくても城を捨てる事は出来ない執事やメイド達は、何時戻っても良いように城の中は常に整理整頓に心掛け、掃除もきっちり行われていた。
涙を流しながら手塚の傍に駆け寄る全員に一言ずつ労いの言葉を掛けると、手塚はリョーマを連れてこの塔に登った。
登ると言ってもこの塔には入口が存在しない。
入るには王の力が必要となり、他の王であろうとも入る事は不可能な場所。
「ここはいつでも光に満ち溢れてるね」
「光の塔だからな」
そっと抱き合う2人。
邪魔の入らないこの場所で強く抱き合っていた。
「ねぇ、初めて会った時の事って覚えてる?」
「ああ、あの日は俺にとっては一生忘れられない記憶だ」
「俺もだよ…」


6人の王は全員が同じ年の生まれであり、リョーマは彼らより2年後に誕生した。
何百年も生きる預言者により、リョーマの家族には生まれる子供が王の指輪だと教えられ、リョーマは生まれると同時に、この地に昔からある王の指輪の為だけに建てられた城で育てられた。
王の指輪はこの世界の6人の王の中からたった1人を選び、己自身と己の持つ力を捧げる為に生れ落ちる人物。
6人の王が持つ魔法力はほとんどが同じ。
その中でもこの世界の平衡を守るために、指輪自身が真の王として選んだ1人に強大な力を与え、世界の秩序を作らせる。
リョーマは王よりも貴い存在だが、その存在を知る者はあまりいない。

「…つまんない」
世話をしてくれる人は全員が優しくて何不自由無い生活だったが、城から出られない事にかなりのストレスを感じていた。
食事は使用人がいるだけの広い部屋で1人きり。
風呂も泳げるくらいの広さの中で1人きり。
睡眠を貪る為のベッドも広すぎて、温まるまでに時間が掛かった。
話し掛ければ誰もが優しく応えてくれるが、それは王の指輪に対する恭しいもので、子供に対する態度ではなかった。
ただ、城の中と広い庭だけは自由に歩き回れるので、唯一の外の世界である庭が大好きだった。
庭には数々の花が咲き乱れ、いつしかリョーマは花の世話をするようになっていた。
花は暫しの癒しを与えてくれるが、本当に暫しの時。
そんな時に現れたのが手塚だった。
リョーマの教育係の中で数人は、次第に笑顔を見せなくなったリョーマを心配して、大人ではなく同世代の者に相手をさせようと、その当時からめきめきと王としての頭角を現していた手塚に話しを持ち掛けた。

リョーマとの出会いは手塚の人生を大きく変えた。
立派な王になるようにと、幼い頃から様々な教育を受けていたが、手塚にとっては周囲の期待や自分に課せられた使命が、いつしか苦痛にも感じるようになっていた。
そんな時にリョーマと出会った。

誰にも気付かれないよう、見られないようにと、数人のお付きと共に手塚の城にやって来たリョーマ。
通された場所は、広さも高さも半端無い部屋で、左右の大きな窓からは眩しい光が差し込んでいる。
「…初めましてリョーマです」
城の中には手塚に仕える大勢の大人がいたが、手塚のいる部屋の中には数人の従者しかおらず、リョーマが室内に入ると同時に出て行ってくれたので緊張せずにすんだ。
「僕は手塚国光…君が王の指輪?」
玉座に座っていた手塚は室内に2人だけになると、椅子から下りてリョーマの前にやって来た。
「あ、うん。そうみたい…じゃなくて、そうです」
「僕はまだ見習いの王だけど、簡単な魔法を君と学びたいと思う」
リョーマから目を離せない手塚は、自分よりも小さな手を取り、この出会いに感謝していた。
「あ、よろしくお願いします」
リョーマはまだ魔法の勉強をしていない。
王の指輪となるリョーマには、王を凌ぐほどの魔法力をその身に備えているので、もし間違った教え方をすれば問題になると考え、誠実であり、己の欲望を出さない者をリョーマの魔法教育にと周囲は考えていた。
手塚はそれら全ての項目をクリアしていて、誰も反対しなかった。
「それじゃ、早速今日から頑張ろうか」
「はい」
にっこりと微笑むリョーマの愛らしい笑顔は、手塚にとって何よりも癒しになっていた。
この時、手塚は8歳、リョーマは6歳だった。


リョーマは初めて会った手塚にすぐに懐き、手塚もそんなリョーマがとても可愛くて誰にもこの立場を譲りたくなかった。
手塚の城には手塚と同じく、王となるべく人物が良く訪れていたが、手塚によってリョーマと会う事はほとんど無かった。
その中でも不二は誰よりも頻繁に訪れていて、不二だけはリョーマと対面が出来ていた。
それでも手塚とリョーマとの出会いから数年後であったのだが…。

「…それで、英二が変な魔法書を手に入れてね」
「また菊丸が?…あいつも相当好きだな」
城の一角にある小さな庭園には東屋と小さな噴水があり、東屋で2人が喋っている時にリョーマがやって来たのが、不二との出会いだった。
「……国光?」
リョーマがここに来るのは日常茶飯事となっており、城の従者やメイド達もリョーマだけは城内を好きに歩かせていた。
だから手塚の前に現れるのはいつも突然。
「来ていたのか」
両手に抱えきれないほどの花を持ち、庭園の入口からこちらを窺っているが立ったままで入ってこようとはしない。
座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった手塚は、不二を置いてリョーマの元へ駆け寄る。
「…国光のお友達?」
初めて見る顔にリョーマは手塚の傍に近寄れなかった。
「彼は友人でもあり将来の王だよ。名前は不二周助」
「初めまして。不二周助って言います。で、君の名前は?」
「…リョーマです」
何時の間にか傍にやって来た不二はリョーマの目線に合うように腰を折る。
リョーマはまるで相談するかのように手塚を見上げると、手塚は黙って首を縦に振っていた。
「リョーマ君は手塚とお友達なの?」
「国光はお友達じゃなくて1番大好きな人」
えへ、と可愛らしい笑顔を見せる。
「リョーマ君は手塚が大好きなの?」
「うん。大好き」
手に抱いている花よりも可憐な笑顔。
「手塚が羨ましいなぁ。で、手塚は?」
リョーマからの熱烈な告白に、手塚の顔は珍しく赤く染まっていた。
「何だ?」
「君もリョーマ君が好きなの?」
不二に言われ、リョーマからはじっと見つめられて、手塚は返答に困っていた。
だが、ここで迷っているようではこの先リョーマに不安を与えてしまう。
「僕もリョーマが好きだ」
「…国光」
リョーマの頬もポッと赤くなる。
「なんだかこっちが恥ずかしくなるね。ねぇ、リョーマ君も一緒にお話ししようよ」
「…いいの?」
ちら、とリョーマが見上げたのは手塚の方だった。
「そうしようか。ほら、花はここに入れておこう」
手塚はリョーマから花を受け取ると、しおれないように小さな噴水の中に浸しておいた。

この時から不二はリョーマに会いにやって来るようになっていたが、今のようにリョーマを執拗に追いかけるような真似はしなかった。


「…いつからだったんだろ?」
部屋の中心に置いてあるソファーに座る。
塔の中でも普通の生活が出来るようになっているが、ここには必要最低限の物しか置いていない。
心休まる場所であればいいと、家具も装飾もシンプルにしてあった。
「ん?何がだ」
「…周助があんな風になったのって…」
手塚の肩に頭をコツンと置く。
手塚には酷い怪我を負わせ、自分には王としての力を使い、姿を変えて別の世界に飛ばした。
あの頃を知っているからこそ、まるで別人のような不二の行動が信じられない。
「……何かあるのかもしれないな」
「何かって」
「それはわからないが、だが不二とは決着をつけなくてはならないな」
あの時の不二はリョーマを無理に自分の物にしようとしていたので、手塚はそんな不二の行動に煽られるように追い掛け、結果的に戦いとなってしまったが、冷静になってみれば何かがおかしいとしか思えない。


「…明日にでも不二の元へ出向く」
「国光…」
リョーマは不安そうに手塚を見上げる。
「大丈夫だ。俺はお前を手に入れたからな。二の舞は踏まないさ」
「ん、でもまだ俺達は正式な儀式をしてないから…国光にはまだ全ての力が与えられてないんだよ」
「わかっている。今度は油断しないさ」
見上げる視線が心配だと訴えているリョーマを手塚は抱き締めていた。




そろそろ終盤?